阪神淡路大震災から18年〜昨日のことのように思い出す

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    あの日、あの時、赤ん坊だった息子が今では大学生。

    あの瞬間、経験したことの無い強い揺れを感じて本能的に息子に覆い被さって落下物に備えたことを思い出します。

    平和な時代にあって、生まれて初めて命の危険を感じさせられたのが阪神淡路大震災。
    震災当日のみならず、強い余震を感じる度に建物の下敷きにならないかとか、職場のビルが倒壊しないかとか・・・。

    もしかして余震で何かあったら保育所に預けてる子供と二度と会えなくなると思えて、怖かったです。


    結局、直接的に自宅が倒壊するなどの被害は免れましたが、震災で壊滅した神戸ー阪神間を原付で通勤しながら仕事面などで大きな影響を受けました。

    初めて「うつ病」を発症したのは、その年の秋でした・・・。
    −◆−

    東日本大震災の時は、阪神淡路大震災を思い出して打ちのめされるような気分になりました。

    心の芯に残ってる震災への恐怖が表に出てきたのかもしれません。

    瓦礫と化した西宮、芦屋、神戸の街を原付で毎日走ってましたから、頭にこびりついてるんです。

    高速道路が倒れ、三宮ではビルが倒れてるし、夜になると停電で真っ暗で信号さえも消えてる街は、倒壊した建物や折れた電柱で道がふさがれていて行き止まりだったりして、途方に暮れることもたびたび・・・。

    ガス管が破損してガス臭かったりすると、爆発しないかと思ってドキドキでした。

    倒壊物の粉塵が舞っていて、みんなマスクして歩いてたなぁ・・・。
    −◆−

    行政は『教訓』とかよく言いますけど、東日本大震災の際に『阪神淡路大震災の教訓』が活かされていない様を目にして悲しくなりました。

    例えば、体育館などでの避難所生活のノウハウ(プライバシーだとかトイレだとか)なんかは阪神淡路で蓄積されていたはずなのに、被災者の皆さんは艱難辛苦を強いられておられた・・・。
    −◆−

    正月前に神戸市東灘区に墓参りに行きました。

    阪神淡路大震災当時、大渋滞していた国道を避けて走った山手側の道路を西進して霊園に向かったんですが、「震災の解きに原付で走ったときの感覚」が戻ってくるんです。

    曲がり角や坂道の角度が、身体に染みついちゃってる・・・。

    18年たっても消えない記憶や肌感覚・・・。
    −◆−

    東日本大震災の被災地が、少しでも早く正常な暮らしに近づきますようお祈りいたします。




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    • 2020.02.17 Monday
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      今日で阪神大震災から18年。もうあと2年であの悲劇から20年になります。あの時中学生だった私もあと数年で3回目の歳男になると思うと、時間の流れは早いものですね。 さて昨年 ...
      • こねたみっくす
      • 2013/01/17 9:19 PM

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